「案ずるな。早う見たい」
我慢できないのか家斉は既に御簾の切れ間を扇子で押し上げ覗き見ている。槌が振り下ろされ、甕が割れた。カコーンという音が大広間に木霊し、中のアルコールがたらいの中に流れ出る。それと同時に大塩平八郎の首と甕の破片も飛び散った。破片のひとつはカイの目の前に飛び、生首は勢い余って宙を舞ってから中段の間に転がった。
「ひ!」
素っ頓狂な声。生首が偶然にも跡部に顔を向けたからだ。
「よ、良弼! 間違いないか? 大塩なのか?」
心中驚いたか、忠邦は弟の名で確認を入れる。
「は。まさしく、これは大塩……へ、へい……」
跡部は口を抑え「へい、へい」とラップのように呟いた。
「こちらを向けよ」
家斉に言われ、家臣が恐る恐る生首を御簾に向ける。
「ほほう」
家斉は御簾を開け、あろうことか上段の間から降り始めた。
「大御所様!」
今度は側近の間部が慌てる。だが、誰もこのワンマン大御所を止められない。
「これが反逆ののろしを挙げ、幕府の威信を吹き飛ばした男の顔か。真のもののふの面構えじゃ。のう、忠邦」
「後日河原に晒し、戒めと致しますれば」
「よきにはからえ。いや、これは愉快。わはは…」
家斉は高笑いを始めた。ひとが笑えないところで笑う、外連味の強いおひとだ。やはり私には扱いこなせない、と忠邦は目を閉じる。
次回更新は8月23日(土)、11時の予定です。
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