本章のまとめ

▪脳内に数箇所に分散して存在する「ペインマトリックス」《痛み担当者会議》の神経活動から痛みという「情動と感覚の不快な体験」が生み出されます。

▪脳の片隅に《社長室》があるわけでもなく、《社長》もいないようです。

▪あえて言えば、脳全体が《社長》と言えるかもしれません。

▪「心のしくみ」を理解することは、痛みの治療を受ける患者さんにとってとても価値があります。心が痛みの有無や強さを決めているからです。心は誰にもあり自明のものです。誰にも心はあり、それは誰にもひとつだけ存在し、他人が体験することはできず、複数の人が同時共有することはできません。

▪しかし、「痛みは《役員会議》の結論」という説明はやっぱりわかりにくい。そこで次章からも引き続き「独裁者(と自分では信じている)の心《社長》4」に登場してもらうことにします。


1 私には、体組織《営業所》からペインマトリックス《管理者会議》に至る神経活動のすべてが「痛み体験」そのもの、という仮説も魅力的に思われる。しかし、夢でも視覚体験や聴覚体験をするという事実、心因性疼痛が存在する事実からは、やはり痛みの「知覚と体験の場」は脳にあるというのが真実のようである。

2 人、生物だけでなく、コンピュータ、機械でも情報処理あるところ意識が生まれる可能性はある、という仮説。サーモスタットにも意識がある、と!

3 「自然則」とは、物理法則(たとえばE=mc2)のように「なぜそうなっているのか」の説明は不可能だが、この宇宙に存在している基本的な法則のことである。複雑な情報処理過程が意識を伴うのも宇宙の基本則というわけである。

4 私の年代の読者にとっては“ココロのボス”(赤塚不二夫の漫画『もーれつア太郎』に登場する、超自己中のヘンなキャラ)がどんぴしゃだ!と思ったが、若い読者はご存じないかもしれないので使用を断念した。

【参考文献】

(1)マーク・ソームズ、岸本寛史 佐渡忠洋 訳『意識はどこから生まれてくるのか』青土社、2021年

(2)アントニオ・R・ダマシオ、田中三彦 訳『無意識の脳 自己意識の脳 身体と情動と感情の神秘』第6版、講談社、2003年

(3)鈴木貴之『ぼくらが原子の集まりなら、なぜ痛みや悲しみを感じるのだろう 意識のハード・プロブレムに挑む』勁草書房、2015年

(4)茂木健一郎『クオリア入門』ちくま学芸文庫、2006年

(5)デイヴィッド・J・チャーマーズ、林一 訳『意識する心 脳と精神の根本理論を求めて』白揚社、2001年

次回更新は8月5日(火)、8時の予定です。

 

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