【前回の記事を読む】父は、母が出て行ってからも私を思いやることはなかった。会話はなく、口を開けば「マッカーサーの野郎が…」と同じことばかり…

月曜になり、私はまた『ココ』へ行った。やはり神矢は来ていた。

「コスタリカコーヒーって、本当に香りがいいですね」

私の鼻先に芳醇な香りが漂っていた。

「本当に気に入ったんだね」 と神矢はうれしそうに笑った。

「えぇ」

「そうだ、君にプレゼントがあるんだ」と言って、神矢はカバンから文庫本をとり出し、机に置いた。旭屋書店のカバーがしてあった。

「何ですか?」

「いいから、開いてごらん」

私は本を手にとり、表紙を開いた。

「『スノーグース』……ポール・ギャリコ?」

「知らないのかい?」

「えぇ、初めてです」

「ポール・ギャリコは、アメリカの作家で、もともとはスポーツライターだったんだ。その本は『スノーグース』とあと二作、どれも人間と動物たちとの関わりを描いた短編だ」

「これを私に?」

「あぁ。この間、君は『こころ』を読んでいて、僕は動物や鳥のように、ただ生きる。それこそ素晴らしいって言っただろ?」

「えぇ……」

「だから、それを君に読んで欲しいと思ってね」

「ありがとうございます。しばらくお借りします」

「いや、あげるから、ゆっくり読んで」

「いいんですか?」

「もちろん。それから、君はここのコーヒー代を僕が払うのを、ひどく気にしているようだが、そんな気遣いはやめてくれ。僕こそ、君とコーヒーが飲めて幸せなんだから。何も遠慮する事ないんだよ。それに、女性が一人で生きていくのは大変な事だから、何か困っている事があったら、何でも言って欲しい」

「……ありがとうございます」

「とにかく、あまり難しく考えないでつき合って欲しい。こう言うのも何だが、僕は女性に結構もてるから、女に不自由はしていない。ただ君は他の女性とは違うから、大事にしたいんだ。僕を信用して欲しい」

「………」

「もっとフラットになって、僕を信用してくれ」