「ありがとう! 颯斗とは幼稚園からの縁なんだけど、小学生の時、実は俺、いじめられててさ」

「え、和也くんが? なんで?」

文武両道でクラスの人気者。性格も全く癖がなく、清純そのものといった人だから、私はかなり驚いた。

「クラスに森っていういじめっ子がいてさ。そいつにいじめられた植田くんって子を遊びに誘ってたら、俺が標的になったんだよ。まあ、あるあるだよね。その時は颯斗とも違うクラスだったから、いじめられ始めてからすぐにクラスで孤立してさ。それで、集団で下校中に囲まれて、砂かけられたりした時があったんだよ」

「ひどすぎるね」

子供は共感より己の欲の表現を優先させる生き物だから、時にその心性は人間の本源に潜む剥き出しの凶暴性を解き放ってしまう。と、私は思う。

逆も然りで、否定的な感情にはまってしまった時は、大人よりも深く意識が闇に沈むこともある。

「いや、正直今思い返してもそれ自体はどうでもいいんだ。それよりも嫌だったのは、その輪の中にさ、植田くんがいたことだった。後ろの方で、めちゃくちゃ申し訳なさそうに俺を見てた。その時の見つめ合いほど嫌な時間はなかったなあ。あ、植田くんは何も悪くないよ。それはわかってる。というか理解してる。

そうしなきゃまた自分がいじめられるからね。もう少し、植田くんのためにうまく立ち回れる選択肢があったかなあって、今では少し申し訳なくも思ってる。子供社会の人間関係は、純粋で残酷で、難しいよね」

「腹立ってきた私! 和也くんは何も悪くないからね!」

予想以上の話の深度に戸惑いを覚えながらも、周りの雑多な喧騒が勢いよく弾け、自分の中で迸る感情の激流を感じた。

「あかりちゃんは本当に優しいね! ありがとう。でさ、その見つめ合いの時間が一瞬あった後、颯斗が間に入ってきたんだ。あいつ、何したと思う?」

次回更新は8月2日(土)、21時の予定です。

 

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