【前回の記事を読む】芋饅頭をかじっていると、携帯電話が振動した。『やっほ! 今週の土曜空いてる? 空いてるよね…拒否権はありません!』
カタクリ
みるみる暗くなるあかりの雰囲気を感じ、よくない質問をして申し訳なく思いつつも、小さい頃からお世話になった柏木さんの安否に対する不安が感情の大半を占めた。
「あ、ごめん暗い話して……。私もたくさんお世話になったから本当に心配なんだけど、心配ばっかりしててもしょうがないし、とりあえず今はバラを見て、親花祭にビビる颯斗くんを奮い立たせないとだね!」
「いや、俺が話題振ったから、こちらこそごめん。って、ビビってるわけないだろ! ただ何描くか思いつかないだけだっての」
あははっとあかりは笑う。彼女の笑顔は、中村さんみたいに不安を吹き飛ばす不思議な力があるみたいだ。早く行こうと言って駆け出したかと思えば、急に立ち止まって勢いよく屈み、道端に生えるヒメジョオンを見つめ、「お腹空いてきた」という彼女の言葉がおかしすぎて、僕は公園に着くまでニヤつきが止まらなかった。
ヒメジョオンの若芽は、天ぷらにすると美味しいらしい。花を見て瞬時に天ぷらを思い浮かべる彼女の率直な想像力と、人を元気にする明るさに、「あかりはすごいね」と感嘆した。彼女はキョトンとした顔をして、理由もわからず照れていた。
花の話をする時の彼女は夢中で、本当に嬉しそうで、自分にはないそんな彼女の魅力が、日に日に僕の心を薄桃色に染め上げている気がした。
港町公園はガイドブックに載るほどの名所であるが、丘の上、住宅街の片隅に位置していることから来園者はそれほど多くない。公園に隣接するインターナショナルスクールの関係者を時折見かけることもあり、西洋風の装いと相まって、辺り一面異国情緒が漂っている。
入り口付近の左手は灌木、右手には複数のバラが控え目に出迎えている。バラの前では一眼レフにめりこみそうな勢いで顔をつけ、絵に描いたようながに股でシャッターを切る初老の男性が異彩を放っていた。
この公園の主人公であるバラより、彼はおそらく、いや確実に存在が秀でている。「あの人すっご」というあかりの言葉に、「確かに」と呟き、バラ園より先に展望台へと向かった。
展望台の眼下に広がる港。清浄な青い光の反射を受け、薄水色に染まる地平線。寂しげに海に臨む数台の漁船。この光景を縁取る目前の灌木。心地よく頬を撫でる微風。昨夜の春雨に濡れた葉の艶。鼻腔をくすぐる潮風の香り。
その全てが心の暗がりに沈澱するわだかまりを優しく一枚ずつ剥がし、中に埋もれた純然たる何かを取り出そうとしているかのようだった。
「うーんっ! 気持ちいい! 本当に綺麗だねえ」
「そうだね」