「腹立つ。今日は意外にとても楽しかったから、そのお礼だよ」
僕のその最後の言葉を聞いてなのか、あかりはさっきまで暴れていた口を急に結び、感に堪えないといった面持ちで微笑した。
絵に耽ていた頃の癖で、いつも無意識に人間観察をしてきたせいなのか、人の感情を察知する能力には一寸の自信を持っていたけれど、彼女の感情の川はどうにも流れを掴めない。
今まであったどの人とも違うせいなのか、すっかり彼女から心の視線を外せないこの感情の正体がよくわからずにいた。
「あ! まだ帰ってなかった! よかった!」
片付けも終わり、暮色の濃くなった空の下で学生鞄を持ち上げた時、和也が息を切らしながら駆けてきた。
「あれ? 皆木くん! 学級委員の後、部活もあるんじゃなかったっけ?」
「今日はまだ仮入部期間だし、簡単な施設紹介だけだったから、早く終わったんだ!」
「そっか! じゃあさ、私たちもちょうど終わったから三人で唐揚げ食べながら帰ろうよ」「お、いいねえ! そうだ、颯斗。あかりちゃんと喧嘩しなかったか?」
「してないわ!」
あかりは一瞬驚いた表情を見せて、くすくすと笑った。
「喧嘩の心配してたの? 思った以上に重労働でさあ。喧嘩する暇もなかったよね? 颯斗くん?」
「確かに、でも達成感はめちゃくちゃあったね」
今度は和也が、驚きの感情を顔で思いっ切り表現する。黒縁メガネが、左に少し傾いた気がした。
「え、待って、颯斗くん……? いつからそんなに仲良く? あかりちゃん! 俺も名前で呼んでよ!」
次回更新は7月31日(木)、21時の予定です。