【前回の記事を読む】「…そんな顔ができるんだね」いつもの陽気な雰囲気からかけ離れたその姿は、桜と同化して神秘的な魅力を帯びていて…
アガパンサス
「うん。もちろんだよ。特にピンク色の撫子が好きなんだよね」
体が硬直するのがわかった。振り払いたくても、撫子と、その中にある自分と向き合わないといけないような、そんな恐怖を感じた。
「どうしたの?」
「ん? いやなんでもない。じゃあ、始めよっか」
「おっけ。さあ、花屋手伝いスキルを存分に発揮して、勝ちにいきますか!」
「勝ち負け競ってないからね? 高校球児みたいなテンションで気張るな」
「あははっ! ナイスツッコミ!」
今まで気づかなかったけれど、他クラスの園芸委員のメンズの視線が、僕に刺さりまくっていた。
二人で屈みながら移植に取りかかる。移植自体はわけがないけれど、校門付近はアイランド・ベッドの花壇がいくつか点在していて、種類ごとに移植していくために移動の労力も相まって、なかなかの重労働に転ずる。
こういった沈黙の生まれがちな作業を他人とやる時、上首尾に終わるかどうかは関係性の深度が重要になってくる。最悪な出会い、過ごした時間の短さ、それらの悪条件が所狭しと机上に並べられていたのにもかかわらず、彼女との作業は驚くほどに淀みがなかった。理由を探し当てたら無意味な敗北感を味わう予感がして、僕は作業へと視線を向け続けた。
「しっかし! みんなで分けてもすごい量だねえ。さすがにこんなにたくさん花植えしたことないからびっくり。しんどい!」
彼女の何気ないぼやきに、瑣末な疑念が現れる。
「そういえば、なんで小花さんは園芸委員に立候補したの? 副学級委員も決まってたのに、わざわざこんなきついことやるなんてさ」
「え? いや、単純に楽しそうだったのと、柏木さんの手伝いをよくしてるから役に立てそうだったし、特別な理由はないよ。なんであんなにざわざわしてたんだろうね」
この人は、自分の容姿と明るい性格が持つ周りへの影響力を、少しは自覚した方がいい気がする。
「香取さんだって言ってたじゃん。君と俺じゃタイプが違いすぎるからだよきっと」
「あ! 矢崎くん聞こえてたの? 特徴ないって話。ごめんね。早苗に悪気はなくてさ、私を心配してくれてるだけなの」
「それは別にいいよ。事実だし」
くすくす笑う彼女は、また思い出したようにあっ!と言って僕を見つめた。「タイプが違いすぎるって言った? 矢崎くんの中では、私はどんなタイプなの?」
「俺は陰キャで君は陽キャ」
心からの嘘偽りない想念だった。彼女と僕では、住む世界が違いすぎる。僕はどこにでもいる学生で、彼女は人気者。さらに性格だけを言いたいんじゃない。
花の移植を楽しそうにする彼女を見て、あの時の花屋での彼女を思い出して、心から彼女は花が好きなのだと思った。和也と同じで、自分には足りない何かを持っている気がした。