【前回の記事を読む】急に興奮した面持ちで僕の顔に接近する彼女に、不覚にもドキッとしてしまった。「人気者の君は、周りが放っておかないと思うけど」
アガパンサス
クラス中の男子の夢中になる容姿を纏う女性が、あの時と同じように、右頬に土を付けながら額に汗を滲ませ作業に勤しんでいる。このギャップも、彼女の人としての魅力を際立たせている要因の一つなのかな?と僕は思った。
「ん? どうしたの、そんなに見つめて。あ! やっぱり可愛いと思ったんでしょ? そうなんでしょ?」
「だからなんでそうなんの」
ノリが悪いと彼女は膨れた頬をまたこちらに向ける。頬に付いた土は落ちない。お調子者の彼女をまた調子付けてしまった。彼女の魅力というテーマに思考を巡らした数秒前の自分を、盛大に引っ叩きたかった。
日が夕暮れに足を浸そうとしている頃、移植作業は終わりを迎えた。役目を終えたシャベルが僕たちの側に転がっている。土のこびりついた手と、額に滲む汗と、夕焼けの表す時間の経過とが、僕たちの達成感に深みを与えてくれた。
「よし! だいぶいい感じになったね! 花は全部植え替えできたし、周りの土を掃除したら終わりにしよっか!」
彼女は深く息を吐き、両腕を腰に当て、達成感に満ちた表情で花壇を見下ろしている。他の生徒たちも作業を終え、片付けをする人、そそくさと帰る人が見える。
「そうだね、なかなかの達成感だ」
「颯斗くん、意外と手際が良かったんじゃないかな! 花屋の手伝いより、遊ぶ頻度の方が多かっただろうに」
「失礼な、確かに遊ぶことも多かったけど……って、なんでそんなこと知ってるの?」
「ん? なんだかそんな気がしただけ! ほら、颯斗くんのイメージってやつ?」
彼女はニヒヒと笑う。何かを隠しているかのようなそぶりが、彼女の移ろいやすい感情と関係していて、それの判明が秘密の箱の鍵になる。
そんな意味のない推論を頭の中で自分に披露してみたけれど、馬鹿馬鹿しくなってやめた。彼女が何かを隠しているかどうか、そんなの関係ない。人は誰しも何かを抱えている。先ほどの推論は、彼女の人としての魅力に失礼な気がした。
「雑なイメージ? いや、それならあかりの方がとーっても、そのイメージに合うと思うけど」
「でた! 失礼発言! 罰として、この後コンビニで唐揚げおごりなさい! いいね?」
「今回は確実にあかりが先に失礼発言しただろ! まあおごるのはいいけど」
「いいんかい! 意外に優しいとこあるじゃんか」
人を小馬鹿にしたような、あざとくて妖艶な雰囲気を内包した笑みを湛えながら、彼女は俊敏に片付けをこなしていく。