それはあさみもよくわかっている。会った当初から山川は自分に好意を示してくれていたが、こちらはそれを男性の特別な思いとして受け止めたことがなかった。

単なる仲の良い友達同士のように遊び、ドライブに行き、日記を見せ合った。そうしてさえ、男性と付き合っているという意識はまったくなかったのだ。

去年の正月(ちょうど1年前になる)、山川の郷里名古屋への里帰りに付き合った。その実家で彼と隣り合わせの和室をあてがわれたときにも、女友達と旅行するのとちっとも変わらず、疑いを抱くことさえなかった。

実際、夜遅くまで彼の小さいころのアルバムを見たり、彼の大好きなけん玉で遊んだり、ダンスの話をしたりしたが、眠たくなってくると、おやすみ、と言い合ってそれぞれの部屋へ引き上げ、朝までぐっすり眠ったのだ。翌日も同じように過ごした。

彼の母親の手料理を味わい、彼の姪や甥達と原っぱで凧あげをした。帰りの渋滞の東名では、助手席のあさみはうつらうつらしながら、運転席の彼は干し柿を食べながら、ちんたらと車を走らせた。

山川の気持ちをまったく知らなかったかというと、そうとも言えない。なんとなくはわかっていた。だがそれについて考えることがなかったのだ。問題にもしなかった。

山川も山川で、相手が問題にしない以上、自分から言い出したり行動を起こすような男ではなかった。

それに……あさみは別の男に恋をしていた。思い出すと苦しくなるような恋。越前大吾(だいご)……。

次回更新は8月3日(日)、22時の予定です。

 

👉『29歳、右折の週』連載記事一覧はこちら

【あなたはサレ妻? それともサレ夫?】「熟年×不倫」をテーマにした小説5選

【戦争体験談まとめ】原爆落下の瞬間を見た少年など、4人の戦争体験者の話を紹介