【前回の記事を読む】婚約者がいるのに「帰りに話し合おう。二人だけで」――なんと魅力のある甘い誘惑だろうか。手を伸ばせば届く所に彼がいて…

2章 一本道と信じた誤算

彼は32歳。親から早く結婚しろとうるさく言われているよ、と皆に話す。いずれ誰かを選ぶだろう。付き合っているらしいと噂される女性は大勢いる。

誰であろうと、もはやあさみには関係がない。心は決まったのだし、その選択に満足している。

『二人だけで』だって? 断じて断ろう。あの男はすべての女性が自分のものであってほしい、欲張りなドンファンだ、と今ではわかっている。

うっかり誘いに乗ったが最後、ていよく捨てられて、あの少女の二の舞を踏む羽目になる。そのことを肝に命じて忘れないでおこう。

話し合おう、とはなんてずうずうしい。こちらの婚約を知らないとはいえ、「好きだよ」とささやいたあと一年もほったらかしにしておいた女が、ちょっと楽しそうにしているからといって、早速ちょっかいを出しにかかるとは! まったく厚かましい。

それにしても、何を話し合おうと言うのだろう……。遠くから山川がこちらへ戻ってこようとしていた。 

しかし、『二人だけで』……。それは二年も待った言葉ではなかったか。ついに言われたわけだ。胸も騒がず、へいちゃらな顔で、ふん、と誰が突っぱねられようか。

「はいよ。いっぱい持ってきたよ」

チョコとキャンディを両手にあふれるほど持って山川が帰ってきた。こぼされたコーヒーの薄い染みが白い袖についている。