【前回の記事を読む】他の男に乗り換えるか? 今の彼といれば「平凡な幸せ」は手に入るが、男としての魅力を感じないし…

2章 一本道と信じた誤算

山川が包み紙を集めて捨てに行っている間、あさみは化粧直しのためにホールの出口へと歩き出した。

越前が近寄ってくるのではないかと恐れたが、果たしておもむろにこちらへ歩いてきた。そして通りざまに耳元にこうささやいて行く。

「このホテルの二つ隣のレストランで。時間は8時半」

歩調を変えずに彼はそのまま通り過ぎる。こちらの返事などは待たないのだ。二つ隣のレストランは高級フランス料理店で、アマチュアのアスダンサー達がこぞって流れていく場所ではない。

静かな雰囲気の中で、二人きり……。歩き去る越前の後ろ姿を見つめながら、あさみは我知らずぼうっとしてしまった。裏切りのドラマが始まった、というそら恐ろしさと、同時に胸のときめきを噛みしめて。

そのあと首を巡らしたときに、山川の人のいい垂れぎみの目ではなく、端の切れ上がった鋭い目に出くわした。

覚えのある、なつかしいと同時に、いつも耳をガンと殴られる心地のする、意思のこもったきつい眼差しに。あさみは姿勢をしゃんと立て直した。

それが誰であるかを思い出したのだ。それとともに約束も思い出して、あわてて時計を見た。5時半を過ぎている。

ホールに入ってきていた理緒子は、壁に背中をつけて立ち、いつからかあさみを見守っていたものと見える。心の動きをさっきから読まれていたのではないかと、あさみは恥ずかしさに顔が赤くなった。

心はもう決まったのよ、と息巻いた舌の先がまだ乾かないうちに、気持ちをゼロにして別の男性との可能性を考えているのだったから。