待たせている理緒子のことも忘れて、『二つ隣のレストランに8時半』しか、もう頭にないありさまだったのだから。

理緒子のほうへ歩いていく短い距離の間に、あさみはこう考えた。今の自分は何よりもまず頭を冷やす必要があるのではないだろうか。

今夜はとりあえず理緒子と一緒に帰るのが一番賢明なんじゃないだろうか。まだ何も越前と約束したわけではない。彼が勝手に誘いをかけ、こちらの返事を聞いてはいないのだ。

8時半にレストランにいなくても、こっちに責任はない。すでに別の約束があったから、といくらでも言い訳できる。

迷路に入り込んで動揺している胸の内を、ともかくひとまず鎮めよう。それからゆっくり腰を落ち着けて考えても遅くはないはずだ。危うく軽はずみな行動を取るところだった。

理緒子は思わぬときにタイミングよく救ってくれたものだ。このことには感謝しなくちゃいけない。

「ダンスパーティーではいろんなことが起こるもんだから、実を言うと理緒子のことは、ごめん、すっかり忘れていたの。でも、あんたがいてくれてよかったわ。山川さんが戻ってきたらわけを話して、帰り支度をするわね」

「〝忘れてる〟以上の顔つきだったわよ」

「意地悪なこと言わないで。一緒に帰れるのをこうして喜んでいるんだから。理緒子の話ももちろん聞くけれど、あたしも聞いてもらいたいことが出来たの。どこへ行きましょうか。少し飲まない?」