1章 人生の転機に人は母校を訪れる
高校を卒業してはや11年。あさみは和代に声をかけて一緒に母校を訪れた。
「だって理緒子(りおこ)が結婚するんじゃなくて、あたしが結婚するのよ。理緒子がいくらダメだと言ったって、本人のあたしが良ければいいじゃない。そうでしょ? なのになんで見に来るわけ? 結婚式に招待するんだから、そこでたっぷり観察できるじゃないの。違う?」
昼下がりの東横線の車内はすいていたものの、あさみが肩を和代に押し付け、鼻息も荒く話していたので、和代の丸く太った肩は反対側のパイプに食い込んで押しつぶされそうだった。
そのため、うん、うん、と相槌を打つ和代の振動がもろにあさみに伝わり、さらに話に熱が入った。それでも、他の乗客には思い思いの関心事があり、猿団子(さるだんご)状態の二人の姿はさして目立ちもしなかった。
「理緒子にそう言ったんでしょ?」和代が聞いた。
「もちろん」
「そしたら?」
「『婚約したら普通は自慢して見せびらかすもんなの。そうしないどころか、式の日まで隠してるってのは〝妥協して嫁ぐ〟って相場が決まってるわけ』なんて言うのよ。ひどいでしょ? こっちの気も知らないで、明日見に来るって言うんだから。まったく、やーんなっちゃう」
「いっそ見に来させたら? なんか言われても気にしなけりゃいいのよ。それとも、あんた、ちょっとは妥協があるの?」
「ないわよ! 山川(やまかわ)さんて、ほんとにいい人なの。今までに出会った男の人の中で一番優しい人よ。お酒もたばこも、もちろんギャンブルもやらないし、すごく真面目だけどカタブツじゃなくて、いつも楽しそうにしててね、電力会社に勤めてるの。いい人に出会ったって心から思ってるわ」
「いーじゃないの。真面目で優しい人っていうのが、一番あさみにお似合いだと思うわ」
「そうなの。あたしに合ってるの。ピッタリ。両親もすごく気に入ってくれてるし。なのに理緒子、『あたしが見て判断してあげる』って言うの。判断なんて、冗談じゃないわ。理緒子に引っ掻き回されたくない。式までこのまま静かに過ごしたいの、あたしは」
「わかるわかる。理緒子は強いからねえ」
「なにかしらケチをつけてくると思うの。それがイヤなの」
「理緒子もさ、きっとあんたのことが心配なのよ。明日来るっていうんでしょ? しょうがないから、見るだけ見させてあげたら? 案外すんなり納得して、結構祝福してくれるかもよ。なにしろもう婚約してるんだから、いくら理緒子だって引っ搔き回しようがないと思うな」
「わかんないのよ。なんかヤーな予感がするの」