【前回の記事を読む】男の遺体に残された形跡から、刃物を引き抜かれた際に大量失血したことが分かった。即死ではなく、徐々に意識が遠のいていき…

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「やっぱり、二月十一日午後八時以降から二月十二日午前五時までの時間帯ということになりますよね」

「そうとしか考えられないんだよなあ、俺には」中岡は宙を見つめながら呟いた。

特別捜査本部でもこれとは反対の見解も出ている。つまり、遺体発見現場で被害者は犯人と会っており、その時に殺人が起きたという可能性を約半数の捜査員は考えているのだ。

普通に考えれば、なぜシステムエンジニアが夜中に箕面の山中に行く必要があったのかという疑問が生じるが、後者を支持する捜査員たちは、被害者の加藤瞭には人に知られていない裏の顔があり、その関係で夜に人目を忍んで山中に行っていたのでは、と考えたのだ。

ただ、いずれの説においても決定的な物証は出ておらず、どっちつかずの状況が現在まで続いている。

「遺留品にも、特にこれといった物はないんですよねえ」

沖田は分厚いファイルを机上に置いてぱらぱらとページを捲っていたが、それを中岡に差し出してきた。それは、鑑識課と科学捜査研究所からの報告書をまとめたものだ。既に中岡も何度か目を通していた。

「そうなんだよなあ」

中岡はファイルを自分の手元に手繰り寄せた。遺体が身に着けていた衣類は、赤いチェック柄のシャツに黒いジーンズ、そして、黒いスニーカーだった。どれもありふれたブランドの、一般的に流通している商品である。

「毛髪を含めて、本人のもの以外は一切なし、か」科学捜査研究所からの報告書に書かれた文字を目で追いながら、中岡が呟いた。

「そうですね。あと、他に検出されているものと言ったら、土とか植物の組織片ぐらいですよね」

「そうだな。でも、これらは当たり前なんだよな、山の笹薮ん中に棄てられてたんだからさ。スニーカーに付着してた土の成分も、遺体発見現場の土の成分と完全に一致してるし、植物の組織片だって、そこに生えてた植物のものだという確認も取れてるわけだ」

「まあ、細かいことを言ったら、シャツに付着していた衣類の繊維が被害者の着ていた衣類の繊維とは一致しなかったことと、同じくシャツに付着していた粉末状の木材の粒子が由来不明だということぐらいですかね」

「まあな。でも、木材の粒子は家具とかで使われる木で有名なやつだったんだろ。ええと、何て名前だっけな」中岡は報告書を何枚か捲った。「ああ、マホガニーだ。だから、これはどうでもいいな。どっかの家具から擦れて落ちてきたのが、たまたまシャツに付着したってとこだろ」