【前回の記事を読む】遺体発見後、鑑識が現場検証を行ったが、異常はなし。ただ、物が少なすぎて、すっきりしすぎているような違和感があるが…
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また、司法解剖の結果、加藤瞭の死因は腹部を刺されたことによる失血死だと分かった。凶器となったのは一般家庭にある包丁や鋏のような刃物であり、引き抜かれた際に大量に流血したものと考えられた。
おそらく即死ではなく、徐々に意識が遠のいていくようにして被害者は死んでいったのだろうと報告書を作成した解剖医は話していた。
他に、司法解剖によって分かったことは死亡推定日時である。箕面の滝に至る山道脇の笹薮で投棄された遺体が発見され、理学研究科の大学院生である稲益仁志(いなますひとし)によって一一〇番通報がなされたのは二月十二日の午後二時五十三分だった。
中岡が部下の沖田から聞いていた通り、遺体は殺されてからそれほど時間は経っておらず、死亡推定日時は前日の二月十一日正午から二月十二日深夜零時にかけての間であると考えられた。それは、遺体の皮膚から採取された細胞、及び、胃の内容物の消化具合から割り出された時間だった。
「厄介な事件だよな」報告書に改めて目を通しながら中岡が呟いた。
「同感ですね」
手帳を眺めていた沖田もため息をついた。
二人は自動販売機で買った紙コップのホットコーヒーを飲みながら、箕面警察署の会議室にいた。今回の事件の被害者は豊中市に住んでいたが、遺体発見当時はその身元が分からなかったので、特別捜査本部は箕面警察署に設置された。
事件発生からは、もうすぐ一ヶ月が経つ。今日は三月九日だ。遺体の身元が特定された時点でも事件発生からは約三週間が経っていたが、その直後は刑事たちも再度の聞き込みのために現場周辺と被害者の職場を走り回った。
しかし、有力な手がかりは出てこなかった。大阪府警察本部から投入された中岡と沖田も、箕面警察署で毎朝開かれる捜査会議には出ていたが、あまりのとっかかりの無さに為す術がなかった。
特別捜査本部は長ければ六ヶ月は設置されるので、まだ五ヶ月近くの時間はある。しかし、事件解決の目処が立たず数ヶ月で規模が縮小されてしまえば、そのまま未解決に終わってしまう可能性は高くなる。
そんな不吉な思いが脳裏をかすめるたびに、あの夕方の加藤夫婦の姿が思い出され、中岡の胸には熱いものがこみ上げてくるのだった。