1章 人生の転機に人は母校を訪れる
理緒子は世界を屁(へ)とも思っていなかった。困難にぶつかってわめきはするが、泣きはしない。悲しみに出合って嘆きはするが、打ちのめされない。他人に同情する或る種の優しさはあっても、情に流されることはない。
理緒子は世の中を笑っていた。笑うことが好きだ。そしてあたりを射抜くように見ている。ときどき見せる洞察力ときたら、まったくナイフのようだとあさみは思う。どんなごまかしもきかないし、小細工はすぐに見破られる。ところが正反対のときもある。全力でだましにかかる苦しい立場の弁解者(もの)には、心底だまされてやり、優しい気持ちを惜しげもなく与えるのだ。
理緒子は物事を独特な視点でとらえ、常識にとらわれず自分の頭で考えた。知能指数は、たぶんとても高い。なぜ第一も第二も志望校に落ちたのか、あさみには大きな疑問だった。ちょろいもんだ、とか思って甘く見過ぎたのかもしれない。
入学後のある日、知能テストが行われた。結果はもちろん公表されなかったが、その直後、理緒子にほほえみかける先生方の奇妙な視線を、あさみは傍らで見ていた。それこそが知能テストの結果だったであろうことは、高校の三年間でいやというほど思い知らされたものだ。
あさみが教科書を三度読んで頭に入れるところを、理緒子はたった一度であさみよりももっと深く理解し、記憶してしまう。がむしゃらに机にしがみついてあさみは98 点を取るが、遊びほうけながら理緒子は95点を取る。