夏休み前の中間テストが始まる前日、追い込みをかけなければならない大切な一日、家にいては暑くて勉強に身が入らないので冷房の効いた涼しい駅前の図書館へ行こう、と意見が一致し、朝早くグループの4人が集まった。

長蛇の列の後ろのほうに並び、図書館が開くのを30分以上も待った。列があまり長いので、入(はい)れるだろうか、と気をもんでいたら、果たして開館になるやアッという間に満員になり、自分達の直前でドアが閉まった。

今日がどれほど貴重な一日であるか、わかり過ぎるほどわかっていたあさみは、ただちに皆と別れてうちへ飛んで帰った。これ以上一分たりと無駄にする気はなかったからだ。

「あのあとみんなで映画見て、ヤキソバ食べて、かき氷食べてさ、うちに帰ってきたのが夕方よ」

翌朝学校に着くと、理緒子がさも愉快げに自分達の無茶ぶりをあさみに語った。「そのあとおなかこわしちゃって、おかげで夜中にうんうんうなってさ、ひどい目に遭ったわ」

「お母さんに叱られなかった?」

あさみは呆れて尋ねた。うちには内緒よ、という、よく聞く返事が返ってくるものと思いながら、テスト前の緊張した面持ちでカバンを開けた。ところが理緒子は不思議そうな顔をして、「ママ?」と聞き返した。

「ぜーんぜん。よくお金が足りたわね、って言ったわ」理緒子の家族、守谷家(もりやけ)は見事に〝自由〟なのだ。理緒子は家に恐れるものがない。きわどい会話で父親とふざけ合う。そこに母親まで加わる。理緒子から家族の話を聞くたび、あさみは仰天して引っくり返りそうになる。

中間テストの結果はといえば、第一日目の二科目を、あんなに遊びほうけた理緒子に負かされた。もう驚かない。

「あんたは、自分のこと、自分で〝優秀〟だと思ってる?」

テストがすべて終わった学校からの帰り道、理緒子があさみに尋ねた。あさみは答える前に考えた。理緒子にはどんな謙遜も通用しない。生半可な社会通念や常識を、さも自分で考えたように言ったりすれば容赦なく攻撃される。

既成の概念に束縛されずに〝自分の頭で考える〟ことを要求してくる。理緒子は真実にしか興味がないという点で、確かに正直だ。そんな理緒子に一目(いちもく)置かれるチャンスだと思い、あさみは真剣に考えてみた。

自分はほかの点で周りより〝とろい〟ところがあるけれども、テストの成績ならいつも先生にほめられる点を取っている。事実、クラスで一、二位を理緒子らわずかな人数で争っている。

ならば自分は〝優秀〟の部類に入るのだろう。

「多少はそうだと思っているけれど……」 

これは理緒子を満足させる正直な返事だと思った。話せる友達だ、と理緒子に認めてもらいたかった。ところが理緒子は「あらそう」と言い、予想外だという顔をした。

「あたしは自分のことを優秀だなんて考えられないのよ。『できるわねえ』『すごいわねえ』『あったまイーイ』とか言われても、自分じゃちっともたいしたことしてると思ってない。

感心するみんなのほうが、よっぽどバカなんじゃないかって思う」

これを聞いて、あさみはどんなに恥ずかしかったことだろう。本当は自分が優秀だなどと思ったことはないのだ。いい点数が取れるのは、人一倍努力するから。そして他の者達は、理緒子の言うようにバカなのではなくて、努力する気を起こさないだけなのだと思う。

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