【前回の記事を読む】「どうも、こんちわ」許婚が連れられてやってきた。親友は挨拶もせず、鋭い眼で下から見据えている。

2章 一本道と信じた誤算

「山川です」

彼は二度目の軽いお辞儀をした。ようやく理緒子が立ち上がった。

「守谷です」

好奇心から来るえくぼを作ったのち、尖ったあごを上げ、改めてじろじろと冷笑ぎみに彼を見回した。

「初めまして。いつもあさみがお世話になってまして――」

そう山川が話し始めるや、あさみは彼の腕をつかんでホールのほうへ押し戻そうとした。

「ほら、ワークショップが始まったわ。ホールへ入りましょう、さあ」

『あさみがお世話になってます』などという言い方は理緒子の気に入らないに決まっている。

『あさみさんにお世話になってます』と言うのならともかく。何しろ山川との付き合いは4年だが、理緒子との付き合いは14年にもなるのだ。

「理緒子もホールに入って。どこでも好きな所に座って、みんなの踊りでも眺めていて。ロビーにいるより退屈しないと思うから」

あさみは山川の腕を離さず、もう一方で理緒子の細い腕を引っ張りながら、三人で入り口を入っていった。それでも山川は首を振り向けてごちゃごちゃと理緒子に話しかけている。

「なーに、最初のワークショップなんか受けなくたっていいんですよ。特にこいつは易しいフェイズの振り付けなんです。だから、あとでキューシートを見ればわかるんですよ。

キューシートって、知ってます? ダンスの型足(あしがた)が英語で書いてある紙。そうか、アスダンスは初めてなんでしたね。

アメリカ発祥のカップルダンスでね、日本人が踊り出したってのも最近の話、ここ30年てとこらしいですよ。じゃ、そこらに腰かけて三人で話しましょう。せっかく来てくれたんだから話をしなくっちゃ」

正面を除いた周囲三方の壁にズラリと椅子が並べられ、その上にも下にもバッグやセーター、ショール、プログラム、紙コップなどが置かれている。