山川はひょいひょいした動作で、席が三つ空くように他人のバッグなどをどけ、端っこに腰を下ろした。だがすぐさま真ん中に座り直して、ご満悦の笑顔を作ってみせた。

「でも、あたし、これ受けたいわ」あさみが人々の輪を指さした。

「受けたいの? でも、話をしようよ。そのほうが楽しいよ。どうぞ、理緒子さん――あ、守谷さんでした。いやあ、あさみからしじゅう、理緒子が、理緒子が、って聞かされてるもんで。えーと、のどが渇いてますか? 僕、お茶持ってこようかな。休み時間になると混むから」

あさみは理緒子をうかがった。彼女は返答の必要なしと考えたらしく、見下した顔つきで、中央に立つインストラクターや講習を受けるダンサーの輪のほうへ目を転じていた。

山川という男が、彼女の頭の中にある価値体系の右半分に入るか、左半分に入るか、もう見て取ってしまったのだ。

「ねえ、受けましょうよ」

あさみは脱いだタフタ物を椅子の上に置いて山川の手を引っ張った。

「お茶なんかあとにして踊りましょう。理緒子はそこで見ててね。さあ、立ってよ、山川さん」

「そっか。それじゃあ、ちょっと行ってきます。お茶はあそこにいろいろありますから、自由に飲んでください」

山川はあさみに引っ張られ、ダンスの円に加わるために人をかき分けていった。ワークショップが終了するまでの小一時間、理緒子がおとなしく見ているとは思えなかった。

退屈して怒って帰ってしまったのなら、それはそれでいいと思いながらあさみが席に戻ってくると、理緒子はいた。退屈し切った顔をして座っていた。

「僕、飲み物取ってきます」

山川が気をきかせて走っていった。

「理緒子、ちょっとロビーに出て話さない? 話があるの。一緒に来て」

あさみが誘っても、理緒子は立ち上がりそうにない顔つきだった。山川の後ろ姿を目で追いながら、口の端にかすかな冷笑を浮かべて返事もしない。

「来てってば」

強引に手を引っ張ると、だらんと力を抜いてわざと体を重くする始末だ。そこへ紙コップを両手に一つずつ持って山川が戻ってきた。

「コーヒーが入れてありました。もうミルクと砂糖が少しずつ入ってるそうです」と、あさみに引っ張られていた理緒子がやおら立ち上がった。

そして、バランスを失って体勢を崩したあさみをボンと押して、自分が座っていた席に座らせ、山川から自分でコーヒーを受け取った。

山川が笑った。

 

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