【前回の記事を読む】目の粗い紺のセーターを着ていても、中央の背骨がわかるほど痩せて細い。先生の目を盗んで、30センチ定規でその背中をつついた。

2章 一本道と信じた誤算

あさみの物静かな表情を見て、理緒子は話がやぼったくなると考えたらしく、それ以上言うのをやめてしまった。

理緒子の弱さが一瞬また感じられたと思ったのは錯覚だったかというほど、そのあごはいっそう持ち上がり、眼差しは尊大になった。人がぶつかってもびくともしない岩のように瞳が固定してしまい、車窓から単純明快な世界を鼻の先で眺め始めた。

    

「言っておきたいんだけどね」

タクシーの中であさみは観念した。

そしてため息まじりに理緒子に白状した。

「山川さんて……あんた好みの男性じゃないの。だから、あんたにはあんまり会わせたくないんだ、ほんと言うと」

「こないだあたしの電話にあわててたわけがわかったわ。それでなのね。ほら、あいつ ――ずいぶん長いこと、のぼせ上がったりしょぼくれたり、あんたが独り相撲を取ってた例のあいつ、越前(えちぜん)てやつよ。越前にはあんなに会わせたがってたくせに、どうもおかしいと思ったんだ」

「越前さんの話なんか持ち出さないで。ねえ、理緒子、お願いだから、今夜山川さんに会ったら挨拶以外何も話さないで。おとなしく口を閉じてて。そしていっさいあたしに感想を言わないで。いい? あとから、あんなの最低よ、なんて言わないでね。やめちゃいなさい、なんて言わないでね」

ひどく塩害にやられたJホテルの建物が右手に見えてきた。

「これはみんな、すでに決まったお話だということを覚えておいてちょうだい。ねえ、理緒子ってば」

タクシーが止まり、理緒子は返事をせずに降り立った。そして悲鳴に似た声を出した。

「何なの、あのなりは!」

ニューイヤー・アスダンス・パーティー会場と大きく書かれた張り紙の矢印をたどるまでもなく、賑やかな音がそちらの方角から聞こえ、着飾った人々の姿が大きな窓ガラスを通して見えていた。

「あれは、かさのあるペチコートをはいているの」

あさみはタクシーの支払いを済ませ、お尻を移動させて外へと足を出した。

「あたし達はパニエと呼んでいるんだけど、これがそれ」

胸に抱えた荷物を一つ叩き、よいしょと立ち上がった。

「アスダンサーはみんなああいうコスチュームを着るの」

一緒に階段をのぼり、二階のロビーに入った。

「そこのソファに座って待ってて。着替えてくるから」

音楽に乗せて、華やかな衣装のカップル達が何重もの円になって踊っている。ホールの両開きのドアが開け放たれており、理緒子はそこに立って目を奪われたように見入った。曲と一緒に壇上のマイクからヘンテコな和製英語も聞こえてくる。立ち尽くしている理緒子を横目に、あさみは少なからぬ不安を抱えて更衣室に向かった。