やがて、薄くて軽い真っ赤なタフタでむき出しの肩を覆って戻ってくると、ソファに座った理緒子がこちらを見上げてふき出した。
「そんな衣装を持ってきてたとは、知らなかったわ」
ヒールの高いダンスシューズ。胸元に黒いバラ飾り。パニエの丈はちょうど膝小僧まで。
裾は床と平行に全円に広がっている。あさみは黒い布地のセカンドバッグを小脇に抱えて理緒子の隣に腰かけた。そして、「もしも、よ」と、腫物(はれもの)に触るような物言いで問いかけた。
「理緒子のお眼鏡にかなわなかったら、どうするつもりなの?」
まあ、と理緒子は考え、自分のひざに覆いかぶさってくるパニエを払いのけながら「どっちでも同じことよ」と、答えた。
「どっちでも、何が同じなの?」
「あとで話してあげる。それより、どこにいるの? 早く連れてらっしゃいよ、紹介されてあげるから」
あさみはもじもじとセカンドバッグの上で小爪をいじっていた。それから、あきらめたように立ち上がり、ホールの中に入っていった。
まもなく許婚(いいなずけ)が連れられてやってきた。背はあさみよりも少し高いだけだ。顔は細くて、こけた頬の先っちょに口がついている。肩幅は見事に広い。そのせいで顔がよけい小さく見える。黒チョッキからはシャツの胸のフリルがあふれるように飛び出していた。
「これが男性のコスチュームなの。こちら山川さんよ。山川さん、あたしの親友の理緒子」
「どうも、こんちわ」
彼は礼儀正しく両手を脇にあててチョコンとお辞儀をし、屈託のない明るい声を出した。
「山川です」
愛想のいい快活な目。いつでもしゃべる用意のできている丸く開(あ)いた口。顔じゅうが上に持ち上がって世の中の何もかもを歓迎している、といった印象だ。
理緒子は低いソファに深々と座ったなり動かなかった。そのつもりもないのだろうが、鋭(するど)い眼(まなこ)を上まぶたにめり込ませて、下から彼を見据えている。
いつもならそうした態度もかっこいいと思えるのだが、今は気が気でなく、理緒子を立たせようとあさみは目に非難を込めて「山川さんなの」と、もう一度声高に言った。
【イチオシ記事】3ヶ月前に失踪した女性は死後数日経っていた――いつ殺害され、いつこの場所に遺棄されたのか?