約束のアンブレラ
三
激しい雨が次第に弱まり、木々の葉には美しい雫が溜まり始めている。時刻は午前十時半。応援に駆けつけた静岡県警の捜査員は現場周辺を封鎖し、地形の安全確認を行っていた。大通りは通行止めが実施され、周辺は土砂や流木が散乱し危険な状態だ。
鑑識課の捜査員数名が周囲を取り囲み、ブルーシートの包囲線が敷かれていた。静寂の広がる藤山の山中では、静岡県警の現場検証が始まっている。
鳥谷は息を大きく吸うと、周囲の匂いを嗅ぎ分けたようだ。白い手袋をはめた深瀬が遺体を見下ろしながら、低い声を発した。
「これは想定外ですね。久原真波本人かどうか断定できそうにもありません」
「ああ、顔面が潰されている。この損傷は事故によるものではない、故意に潰されているものだ。頭部の損傷を隠すために犯人が偽造工作を行ったという可能性もありそうだ」
鳥谷は女性の周辺の土を手に取った。鑑識と深瀬は不思議そうな顔をしてその姿を見つめている。
「やはり土の層は深く乾燥している。かなり深くまで掘られたもので間違いない。人為的に掘り返されたものでもない」
「衣服は着用していますが想像よりも痩せていますね。身元を確認する持ち物もないですし、視覚的な身元確認は難しいですね」と深瀬が悔しさを滲ませる。
鳥谷は女性の遺体を隅々まで見渡した。携帯や財布、カバンなど持ち物はない。まるで獲物をまじまじと見つめる鷹のようだ。鋭い眼光だけではない、目の動き、嗅覚や触覚、聴覚を研ぎ澄ませているように見えた。
「目立った外傷はなく、持ち物はなし。付近に女性のものと見られる赤い傘がある。腐敗が進んでいないことから死後数日以内の可能性もある。タトゥーや手術痕もない、指には婚約指輪がひとつ」