約束のアンブレラ

エンジンをかけて白い煙を出すと、三好和希は紫藤美術大学に向かって車を走らせた。静岡中央駅から車で二十分ほどの場所にある。緑豊かな山間部に位置する坂の上にあり、キャンパスからは駿河湾が一望できる絶好のロケーションである。

紫藤美術大学は、静岡県内で唯一の美術大学であり、その質の高い教育と独創性に富むカリキュラムで、東日本でも有名な美術教育機関だ。

絵画、彫刻、デザイン、映像、ファッションなど、広範囲にわたる芸術分野をカバーしており、多様な表現を尊重する学風が特徴である。

正門の前に車を停めると、よれ切ったスーツを直して三好は外へ出た。車内にはまだ温かいコーヒーが置かれていた。

紫藤美術大学の象徴となるシンボルツリー「紫藤の木」がキャンパス中央にあり、春になると鮮やかな紫色の藤を咲かせ、学生たちの創作のモチーフになることも多い。

時期もありキャンパスは閑散としていた。そんな紫藤の木を横目に入り口を抜け、アトリエを訪ねる。

「静岡県警の三好といいます。栗林智久教授にお話をお伺いしたいのですが」

すると、私ですが、と後ろの方からしゃがれた声が聞こえた。三好が振り返るとそこには一人の男性が立っている。白髪で腰は少し曲がっているが、タートルネックとジャケットを着こなすような老紳士の風貌だ。教授と呼ばれるにぴったりな容姿だった。