約束のアンブレラ

「率直にお聞きします。これは久原さんの描く絵ではなく、久原さん個人に対してですが。栗林さんが久原真波さんに特別な感情を抱いていたということはありませんか。どこか懸想していたようなことはないでしょうか」

その言葉に栗林はまるで呆れたような表情をした。

「そんなことありえませんよ。刑事さんもあの横川さんという方に言われてきたのですよね。一ヶ月ほど前に、この紫藤美術大学にも血相を変えて来られましてね。誰に吹き込まれたのか、そんな話をしていました。彼の香水の匂いは鼻が覚えていましてね」

「そうでしたか。その行為が横川さんの誤解だとして、そう誤解される何かがあったと思うのですが、身に覚えがあることはないでしょうか。些細なことでも構いません」

栗林は頭を掻きむしりながら口を開いた。

「ええ、二つあります。ひとつは何度か私の部屋で久原さんと口論になったこと、そしてもう一つは久原さんの卒業制作においての評価を特別扱いしたと言われたことですね」

「なるほど、その口論というのはどういう内容のものでしょうか」

「二つ目の話とも通じるのですが、私は卒業制作の後、久原さんにプロの道を目指さないか、そしてこの作品に続く絵を描いて欲しいと何度も打診をしました。より多くのメディアにこの作品を伝えて久原真波という名前を世界に売り出したかった。

しかし久原さんはその申し出を拒んでいました。久原さんの将来の夢はプロとなり個展を開くことだと知っていましたので、その足がかりにもなると考えていましたが」