「待ってください。つまり久原真波さんは、卒業制作で紫藤の木を描かなかったということでしょうか」

「ええ、そうです。創立百年の歴史でも史上初めて、久原さんは全く違うものを描き、その作品は多方面に大きく評価されることとなりました」

栗林は何か誇らしそうに声を上げた。まるで過去を慈しむような表情をしている。

「久原さんは一体何を描いたのですか」

「藤山です」

その言葉に耳を疑った。久原真波と酷似している遺体が今朝、静岡県藤市藤山で発見された。これは偶然なのか。いや、そんな偶然あるわけがないと三好は動揺を隠せなかった。

「藤山とはあの静岡県藤市の藤山ですよね。いくつも古くからの神話もある神聖な山で」

「ええ、なぜ久原さんが紫藤の木ではなく、藤山を描いたのか、その理由はわかりません。制作の要件を知らなかったということもありえない。何度聞いても彼女は答えてはくれませんでした」

呼吸を整えるようにして三好は声を上げた。

「その絵を見せていただけますか」

栗林は重たい腰を上げるとキャンパスの隣の棟にある紫藤ギャラリーという場所に案内した。そこは学生や卒業生の作品展示だけでなく、地方や海外から招かれたアーティストの特別展示も行われるギャラリースペースだ。学生が自由に個展を開催することもできるスペースまである。

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次回更新は2月19日(水)、21時の予定です。

 

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