プロローグ
かつてイエス・キリストは反逆者とされ、ゴルゴダの丘で磔はりつけにされた。その話には続きがある。公開処刑の直後、一人の処刑人が十字架にかけられた男が死んだか確かめるため、自らの持っていた槍で罪人の脇腹を刺した。その際イエス・キリストの血液が目に入り、処刑人の視力は回復したのだという。
その槍は『聖槍』と呼ばれ、神の血に触れた聖遺物として大きく讃えられた。奇跡の逸話 。しかしそれは、磔になった男がその場で生き返ったという奇跡ではない。
一 午前…… 十時三十分 クリスマスイヴ
いつも待ち合わせの三十分前には到着している。それが仲山秀夫の唯一得意なことかもしれない。
仲山は、ドリームランド入園口脇のベンチに腰かけて、真新しい腕時計を握りしめた。時刻は午前十時三十分。約束の時刻は十一時。長く待つことになるだろうと思うと、体は自然に貧乏ゆすりを始める。
「冬だな」
寒風に吹かれながらそう呟いた。仲山にとって待つことは苦ではなかった。間に合わないことに比べたら、全然いい。間に合わないことがどれほど恐ろしいかを仲山は知っていた。つまり何事も先んじて行動すべきだと考えつつ、ふと呟く。
「……冬には黄色という色がよく似合う」
今、彼の視界に黄色いものは何もない。それでも仲山は色について口にした。入場ゲート付近は、家族連れやカップル、学生の集団で溢あふれていた。皆楽しそうで、風ふう采さいが上がらない四十代の男など見向きもされない。無ぶしょう精髭ひげは剃ってきたようだが、普段から身だしなみに心を砕いていないのは一目瞭然だった。
仲山の額にはしっとりと汗が光る。端から見れば、焦っているように見えるだろう。そもそも仲山は、極度の心配性なのだ。なぜなら今宵はクリスマスイヴ。当然のように、夢の国ドリームランドは大いに賑わっていた。こんなに人が多くて今日は楽しめるだろうか? 彼はそんなことを心配していた。