アイアムハウス

午前十一時。サイレンを鳴らさず、車両は静岡県藤市十燈荘(じゅっとうそう)に到着した。静岡中央市にある県警本部から十燈荘までは、藤湖をぐるっと大回りして藤市経由でトンネルを通り、小山を登ることになる。

藤湖を見下ろす高級住宅街、十燈荘は、土曜の昼だが活気はない。既に外部への交通規制が敷かれているとはいえ、不気味に静まり返っている。ここで殺人事件があったことを、住民達が知っている気配はなかった。

その家は、一言で言えば別荘風。赤茶けた屋根と白い漆喰の壁で、南欧を思わせる優美な造りだった。

周囲は鬱蒼とした林に囲まれており、男は落ち葉をメシメシと踏みつけながら道を進んだ。庭と思しき場所には、これから建築に取りかかるはずだった資材が置かれている。けれど、その工事が始まることは永遠になくなった。

漆黒のロングコートを羽織った静岡県警の刑事、深瀬肇 (はじめ) は、青白い顔色のまま、重たい口を開いた。十月十日、やや曇り空で、この時期にしては冷んやりとしている。

「ここがその家か」

表札には秋吉と書かれている。深瀬はそれを横目に白い手袋をはめた。これから始まる現場検証のためである。

表札の近くには血の跡が残っていた。それは何かで擦ったように掠れている。犯人がうっかり触り、指紋を消すためにゴシゴシと擦ったような、安易な隠蔽工作だった。

「血痕があるな」