【前回の記事を読む】「静かな雰囲気の中で、二人きり…」友人との約束のことをすっかり忘れ、昔想いを寄せていた彼の事で頭がいっぱいになり…

2章 一本道と信じた誤算

着替えを済ませ、理緒子と連れ立ってそっと下へ降りていく。パニエの荷物をじかに床に下ろし、呼んだタクシーが来るのを待った。

理緒子は無人のフロント前の椅子に座り、あさみはガラス窓からはすかいに道路をうかがった。そこへ、タタタタッ、と足音高く越前がやってきた。

「帰るの?」

あさみは、ええ、と短く答えたが、頭の中は混乱していた。

〈今って、時間的にワークショップ中でしょ? どうしてホールを抜け出せたの? もう休憩を取ったのかしら? 早過ぎじゃない?〉

めったに見せない優しいほほ笑みを浮かべた越前の、端正に整った顔立ちとそれが醸し出す詩的なムードに、情けないことだが体じゅうがしびれてくるのを感じて、あさみはどうしようもなかった。

「僕の話を聞いてくれないの?」

心を乱されながらも、すぐ近くからこちらに鋭い視線を向けているであろう理緒子を、もう忘れることなどできなかった。そそとした声を出した。

「お話はまたいつか伺います。きょうは用事があるので」

「あした会える?」

「あした? え……と、ちょっとわかりません」

「電話してもいい?」