少しぐらいならその時になって延ばせるだろうと、あさみは譲歩した。むき出しの肩をこすりながら、理緒子の話とは何だろうか、自分自身の話だというなら男性のことだ、また赤ちゃんでもできたのだろうか、などと思い巡らしながら、二人で火の気のない小暗いキッチンを出た。

「あたしはここにいるわ」

来たときに座ったホール前のロビーの低いソファに、理緒子はでんと座って体を沈めた。

「好きなだけ踊ってらっしゃい。ただし時間を忘れずに」

理緒子の様子はどこか変だった。あさみと一緒に帰ることに執拗にこだわり、あげくソファに座ってこれから3時間もただ待とうとするなんて、そんなことは理緒子らしくない。

コンピューターにどっぷりつかって、男性の話はこのところとんと聞かず、とうとう理緒子も落ち着いてきたかと思っていたのに、いったいどんな事件が持ち上がったのだろうか。

いや、事件ということではなさそうだ。事件なら、先日の電話で何かしらしゃべっていただろうし、タクシーの中も長かったから、いくらでも話せたはず。改めて話す場を作ろうとするとは、どんな重大問題が持ち上がったのだろう。

これまで彼女がたどってきた波乱の人生では、まだ飽き足らないと言うのか。あさみがホールの中へ戻っていくと、山川がうれしそうに飛んでやってきた。

この人と結婚するのだ。なんと言われようと、こんないい人はいない。人の悪口を言ったことがない。決して怒らないし不機嫌になったこともない。

思いやり深くて、明るくて、労力を惜しまず何でもしてくれる。お酒の飲めない甘党なのに、酒席では一番陽気になる。

勤勉で、潔癖で、健康そのもの。なに不足ない夫となることは確信している。だが理緒子はこう言うだろう、男として魅力がない、ターイクツ、と……。