それで何気なく『ちょっと、あんた、ペンを持ってたら貸して』と言ってやったの。A子は『はいはい』なんて答えたけど、はたと気づいたのか、『ごめん。持ってると思ったら、持ってなかったわ』なんて言ったの。
これではっきりしたわけ。問い詰めなかったけどさ」
A子と言えば、理緒子を中心にできた六人グループの中でも、あさみ・和代とともに、理緒子が最も身近に置いた三人臣下の一人だったではないか。
「でも、あたし以外の人からあまり被害を聞かないとすると、これは、ほら、よくある『あなたを崇拝するあまり』ってやつ。
まあ、そうかどうかは知らないけど、それからはあたしも気をつけるようにしてさ、あの子がそばにいるときには、持ち物を意識して手元に置くようにしたわ」
理緒子は話しながらアイスクリームをなめ尽くし、コーンをガリガリ噛んだ。聞いていたあさみのアイスのほうが溶けて手を汚し、熱いアスファルトにポタポタ垂れていた。何ぼやぼやしてるのよ、と理緒子に叱られた。
父親から贈られた大事な万年筆や時計を盗まれて、その犯人がわかっていながら態度を変えることなく付き合い、亡くなってからも今までそれを他人に話さなかった、という理緒子の心の広さに、あさみは心を打たれた。
そして今さらながらに、この人と出会えてよかった、友達にしてもらえて幸せなことだった、としみじみ思ったものだ。
次回更新は8月2日(土)、22時の予定です。