【前回の記事を読む】にこにこと話しかけながら、その背中を好意的にパタパタ叩くんだけれど、それが手のひらじゃなくて、真っ白の黒板消しだった

2章 一本道と信じた誤算

理緒子の家は、築数十年という古い公団アパートの一階にあり、六畳と四畳半の二間に家族5人(理緒子は長女で、下に妹が二人いる)が暮らしていた。

あさみは何度かそこへグループで呼ばれたが、板の間の狭い台所に据えられた丸テーブルを囲んで、背もたれのない低い小さな丸椅子になんとか5人が座ると、立たなくても簡単に後ろの物が取れるどころか、背中が茶だんすにくっついて、引き出しも開けられないのだった。

そんなふうで、とても裕福とは言えず、持ち物も質素なものが多かった。しかし話を聞くと、父親――セックスについて、娘ときわどい冗談が言い合えるという、あさみには驚愕以外の何物でもない父親が、祝い事や誕生日ごとに一点豪華なプレゼントをくれるらしい。

それで理緒子はパーカーの万年筆やしゃれた腕時計などを持っていたのだ。

それらを失くしたあと特別騒ぐ様子がなかったので、失くした本人でない者は、当座は探し物に協力しても、それきり忘れてしまう。

「ほら、あれ、出てきたの?」と、思い出して尋ねると、「ううん、出てこない」 と、理緒子からもすでに無関心な返事が返ってきた。そのため、別なものをまた買ってもらったからいいのだろう、とぐらいにこちらは考える。

六人グループの中に、若死にした子がいた。A子といい、その入院先へグループ皆で見舞いに行った。

「危篤だ、危篤だ、って周りが騒いでたの。かわいそうに、誰がキトクなんだろう、って思ってたら、あたしだったの」