【前回の記事を読む】女にとって〝あのこと〟はね、魅了させられる、狂喜させられるものなのよ。狂ってしまうほど、ひどく心をとらわれるものなの
2章 一本道と信じた誤算
高校のころ、理緒子はいい人間だろうか、と時に疑問を感じることがあった。理緒子の人間観に不信を抱くことがあったのだ。
心の優しい人だとあさみが尊敬するクラスメートのF子に対して、理緒子が悪質な悪ふざけをしたときなどがそうだった。
だが、あとになっていつもわかるのだが、理緒子がその人の本質を見誤ることは、あまりなかったのだ。
F子は人望のあるクラス委員だった。その物腰のしとやかさと謙虚さ、か弱そうな愛らしさと優雅さ、理緒子に欠けているそうした美点を、あさみも皆と一緒になって賛美し、羨ましさと憧れを抱いたものだ。
ところが理緒子に言わせると、F子は気取った偽善者、もったいぶった猫っかぶり、手袋の中に汚れた爪を隠している〝いやらしい白豚〟なのだった。あさみは兄への手紙にぶちまけた。
『お上品に席に座っているF子さんの後ろに立って、理緒子がにこにこと話しかけながら、その背中を好意的にパタパタ叩くんだけれど、それが手のひらじゃなくて、真っ白になった黒板消しなの、お兄ちゃま。
たちまちF子さんの制服がチョークの粉だらけになって、見ていた私たちは、そこまでおてんばな理緒子に呆れ果てました。
綿毛に包まれたひよこに、粗野な大鷲が硬いくちばしを突っ込んだような痛々しさを感じて、こんなの許せない、って誰もが感じたと思います』