【前回の記事を読む】本当に彼を愛しているのか?――百パーセント疑っている、冷ややかな響きのする問いかけに弁解しようとするが…
2章 一本道と信じた誤算
「なんか手伝おうか?」
中へ入ってこようとするので、いいのいいの、もう終わったの、と彼を止(と)め、最後のハンカチをゆすいだ。
「いますぐ行くから、あたし達のフルーツを取っておいてちょうだい」
山川が隣のトイレのほうへ行ってしまうと、あさみは絞ったハンカチの端っこで、注意深く目の下と頬を押さえた。
「上でフルーツを食べたら、黙ってまっすぐに帰ってくれない?」
あさみは理緒子のほうを見ずに、布巾を一枚一枚広げて畳みながら言った。
「フロントでタクシーを呼んでもらって――」
「あんたも一緒に帰るのよ」
何の情もない命令口調に、あさみは怒りを含んだ顔を振り向けた。
「帰らないわ! あたしは踊るの。踊りに来たんだもの、山川さんと踊って、帰りは山川さんと帰るの。あたしの気持ちはもう決まったのよ。惑わせるようなことをしないでちょうだい」
「あんたに話があるの、あさみ」
「話なんか聞きたくない。失敗してもいいの、このまま進むの。先に何があるかわからなくたっていいの。あんたの忠告がいくら正しくたって、いまはひと言も聞きたくない」
「もうすぐ30になるから、でしょ? このまま進む理由は。ま、いいわ。忠告めいたことなんか言わない。それとは全く関係ない話、あたし自身の話をするのよ。それならいいでしょ? ね、聞いてくれない?」
「またいつか、別の日に聞いてあげる」
「今日よ。このあとすぐ」
こちらが払う犠牲など気にもかけず、当然の権利のように際限のない無理や服従を強いてくる。昔と変わらない。女学生の取るに足らない問題と、人生を左右する今の状況が、どれほど異なるものか、考えてみようともしない。