「女にとって〝あのこと〟はね、魅了させられる、っていうか、狂喜させられるものなのよ。狂ってしまうほど、ひどく心をとらわれるものなの」
「いったい何のことを言ってるの?」
「男を知らなかった女が官能の世界に引きずり込まれて、そこから何年も出てこられなくさせられるには、一週間あれば十分だってことよ」
憤りがあさみの頭をキーンと貫き、喉が詰まり、まぶたがゆっくりと下へ下がった。
「なんてことを言うの。あたしは理緒子じゃないわ。一週間あれば十分ですって? そんな時間なら、あたしには十年間もあったわ。あんたの計算で言えば、一週間が五百回。誘惑を五百回しりぞけて、今日まで生き延びてきたってことだわ」
「婚約は初めてでしょ。あんたの心には油断が忍び込んでいて、こんなパーティーの帰りなんか、みんなでお酒飲んで、酔って送られて、いいもの失うにはおあつらえ向きだ、っていうの」
理緒子はお得意の早口でしゃべった。
「さんざん待って、待ちくたびれていたんだからさ」
「理緒子の言いたいことは、だいたいわかったわ。だから今夜は特別に気をつけるようにするわ。じゃ、さようなら。そこをどいて」
「話は終わってないわよ。あんたがあたしと一緒に帰ることを、あたしは要求してるの」
早口は短剣のようにスパスパと切れた。
「理緒子がこんなにしつこい人だって知らなかった。あたし達、なんてバカらしい押し問答をしてるんでしょう。どうしたの? なんでそうあたしから山川さんを切り離したいの? あたしが幸せになるのが、そんなに気に入らないの?」
細い脚で床を踏みしめ、かたくなに行く手をふさいで立っている理緒子が、なんと強情に見えることだろう。瞳を据え、口を結び、てこでも動きそうにない。こんな理緒子は見たことがない。
次回更新は7月31日(木)、22時の予定です。