旅籠はたご なおふねや─

旅籠の前に行灯(あんどん)が置かれ、いかにも老舗の旅籠を思わせるたたずまいである。

「あたしはこの旅籠の娘なんだよ。お父っつあんが営んでいるんだけど、本業は廻送業の元締めでね。お父っつあん、もう年だから、旅籠は閉めようかと言っているのよ」

お遥は、二人を旅籠の玄関から脇の戸口へ案内し、隣の小さな店に入れた。

店の中央には囲炉裏があり、その廻りに腰掛け代わりの樽(たる)が十個ほど置かれている。棚にはいくつもの酒瓶が並べられ干物が掛けられている。いわゆる赤提灯屋(あかちょうちんや)である。勘治は板塀の前にしつらえてある縁台の端に座り、濡れ鴉の男をその上に仰向けに寝かせた。

「ここは、あたしが切り盛りしている赤提灯の店で『海猫亭(うみねこてい)』っていうのよ。まだ七つ時(午後四時)で開店までは早いから、ゆっくりしていってちょうだい」

お遥は蓑を脱ぎ、壁掛けにサッと掛けた。色白の肌に明るい小袖の柄がよく似合う美人である。そこに、さくらが手に短冊飾(たんざくかざ)りを持って入ってきた。

「かあちゃん、これも笹につけて」

よくみると店の中央に大きな笹が据えられており、たくさんの飾りや短冊が笹の葉にくくりつけられていた。

 

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