全体のバランス
握られたこの縦枠と斜めに垂れた右の足先を結ぶ見えない線が、画面の右上隅から左下隅を結ぶ対角線からわずかに中央方向へ数度ずれた位置で、画面を40度程度の角度で斜めに通るヴェクトルを生んでいる。
女性の体の大半がこのラインより左に偏っているわけだが、右腿の下に組み敷かれて覗いている左の足先と首の付け根とを結ぶ線がまさに画幅の縦の中心線に重なるように配置されているので、全体としてバランスは崩れてはいない。重心も右臀部と左腿から左膝外側で受け止められており「ずり落ちそう」な気配は実際にはない。
一本の弦と鉢巻き
木枠上辺から細い弦のようなものが下へと伸びており、頭の背後を通って左頬の下で女性の右手がちょうどその弦をつま弾くような位置関係になっている。描かれているのが粗末な竪琴であることがこれでわかるのだが、弦が一本しか残っていないことがもう一つの特異点である。
人体とこの弦楽器を描くのにL字形の直角が多用されているのだが、これについては後にやや詳しく論じる。
人物の両眼には白っぽい布が固く巻き付けられている。言うまでもなくこの鉢巻きは視覚障害の記号である。この点はすべての鑑賞者が見逃さないはずである。水平になった顔の上に位置する右耳はこの両眼とともに鉢巻きに覆われて隠れている。左耳は顔の下に隠れて見えない。