【前回記事を読む】日本では伝統的だが、ヴィクトリア朝では“ありえない”――1枚の絵に複数の時間を描く技法とは絵画について、題材や描写対象さらに彩色の傾向性を捨象して、形体としての示差特徴 distinctive featuresを同定しようとすれば、自ら対比(すなわち相対性)という視点が基礎となる。これがなければ「示差」ということが成り立たないからである。さらに、対比による示差の体系化は完全で、…
[連載]ヴィクトリア朝古典主義の異端児
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第9回】加藤 文彦
G・F・ウォッツ絵画の水平線はなぜ揺らぐのか――レイトンらとの比較で探るバロック的独自性
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第8回】加藤 文彦
日本では伝統的だが、ヴィクトリア朝では“ありえない”――1枚の絵に複数の時間を描く技法とは
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第7回】加藤 文彦
イギリスはフレスコ画の制作に不向きな国だった? イタリア美術とイギリス美術の環境的な違いとは——
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第6回】加藤 文彦
若妻を娶り、絵のモチーフにした画家。衣服に天の川をちりばめるアイデアに自画自賛したが、星々の象徴が〇〇であることを知り発狂寸前…
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第5回】加藤 文彦
常に失わない艶と、女体表現。レイトンの描く、なめらかで柔らかい、しかも肉感性の半歩手前で止まる優美な上品さとは…
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第4回】加藤 文彦
豊満な肉付きで、あけっぴろげな所作。エロティシズムとは無縁の「恥じらいをまだ知らないあどけなさ」を紐解く。
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第3回】加藤 文彦
エロティシズムとはまったく無縁のジョージ・フレデリック・ウォッツの「希望」――むしろ童子のようなあどけなさを連想
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【第2回】加藤 文彦
「あまりに禁欲的な造形」繊細な女性の肌なのに、エロティシズムにはまったく無縁――人はなぜこの絵に惹かれるのか?
-
評論『ヴィクトリア朝古典主義の異端児』【新連載】加藤 文彦
19世紀イギリスの画家、ジョージ・フレデリック・ウォッツ。知られざる幻の名作に迫る…!