人は、生まれる時、何か目的を持って生まれてくる。と、どこかで聞いたことがある。そうだとすれば、この少女は、けんかの絶えなかった家庭を、いや、仲が悪かった親子の仲を取り持つために生まれてきたのかもしれない。

第一章 温かい家族

少女の名は、鷲見(すみ)結里亜(ゆりあ)。一九六五年、半導体メーカーの営業課長である鷲見(すみ)竜也(たつや)と専業主婦の忍(しのぶ)との間に生まれた。神奈川県川崎市、今では高層マンションが立ち並ぶ武蔵小杉の一軒家。そこで両親と二人の妹、弘香(ひろか)となぎさの家族五人で仲睦まじく暮らしている。

竜也は家族思いで、仕事帰りに夕食の買い物をしたり、休みの日は洗濯の手伝いをしたり、庭の手入れ、それに友人から習ったというそば打ちもする、料理が好きな優しい父親だ。忍は洋裁が得意で、子どものブラウスやスカート、時には近所の子どものワンピースも頼まれて縫っていた。穏やかで品のある母親だ。

結里亜は、忍に似て裁縫が好きで、子どもの頃はお人形の服を作って着せ替えを楽しんでいた。巾着や手提げ袋を縫ったり、中学校の夏休みの自由研究はガウンを縫った。

当時、子どもの名前には子を付ける家が多かったが、竜也は自分の父親の『亜聖(あせい)』から一文字をもらい結里亜と名付けた。結里亜は、思いやりのある温かい家族の中で何不自由なく過ごした。

第二章 出会い

高校二年生の春、竜也の転勤で長野県へ引っ越すことになる。神奈川の家には、お茶を教えている忍の妹の茜(あかね)が住むことになり、結里亜たちは年に数回遊びに行かせてもらった。横浜や江の島、鎌倉、時には二子玉川や自由が丘にも出かけた。大好きな七里ヶ浜まで江ノ島電鉄で行くのが楽しみだった。小さい頃から見てきた湘南の海は、結里亜の癒される場所だった。

数年後、結里亜はエレクトロニクスの商社で営業アシスタントとして勤務し、発注や売り上げの管理から手形や小切手の集金をまかされていた。そして、週末は高校時代からの友人の大滝(おおたき)麻彩(まや)に誘われテニスクラブに通った。