【前回の記事を読む】「こんな給料でやっていける?」――この言葉は結婚を意識したものに違いない、そう思い込んでいた栞だったが…
アザレアに喝采を
Ⅱ 恋の歓び
会ったら谷口の気持ちが確信できる言葉を聞けるかもしれないと期待していたのに、会えないまま不安な気持ちを抱えて過ごす休日は、何をしても気が紛れず、とても退屈で憂鬱だった。
それから十日ほどしてようやく谷口から電話があった。何度も行ったことがあるのならよいのだろうが、体調が悪い時に家まで来られるのはやっぱり誰だって嫌だろうと思い直して、この前の電話では出過ぎたことを言ってしまったと栞は後悔していた。
「あれから熱も出ちゃって、結構しんどかったよ。仕事は休めないから、なかなかスッキリ良くならなくて、ホントごめん」
「そうだったの、私の方こそごめんね、そんな時にお見舞いに行きたいだなんて」
「うん、いいよ、いいよ。こっちが悪かったんだから。でさ、今度の休み、ゴルフの練習に行きたいんだよね、その次の週にお客さんから誘われてるの。だから打ちっ放しに付き合ってくれる? 土曜日なら大丈夫なんだけど、栞ちゃんの予定はどうかな?」
「うん、大丈夫よ。楽しみにしてるわ」
予定は全部谷口に合わせる、もう、そう決めていた。そうでなければ、なかなか会えそうになかった。
栞の勤める会社は完全週休二日制で土曜日、日曜日と祝祭日が休日だった。谷口の勤める会社も同様だったが、個人的に引き受けている仕事もあり、その図面を自宅で描くのだと言っていた。だから、谷口の手が空いているときにしか会えない。
栞は自分の存在が谷口の負担になることは嫌だった。忙しい谷口に我がままを言うつもりは初めからない。
重い女は嫌われるから、追いかけ過ぎたらダメなのよ。栞は恋愛の心得を思い返した。たくさん会って、私のことを分かってもらって、そしてちゃんと好きになってほしい。栞の望みはシンプルにそれだけだ。