【前回の記事を読む】「忙しくて…。」理想の人に出会い、拒食症を克服。しかし、クリスマスに待ちうけていたのは最悪の展開だった。

アザレアに喝采を

Ⅱ 恋の歓び

足元の靴は、今日初めて履いた洒落たデザインのハイヒールだ。ハイヒールといってもピンヒールではなく、ヒール部分はしっかりとした太さがあるもので、ピンヒールと同じくらいの高さのあるものをいつも好んで選んだ。

踵の太いハイヒールはただ歩きやすいからと機能面を重視して選んでいるわけではなく、堂々としてかっこいい女性に憧れる気持ちがあるからだ。

スウェード素材のその靴は皮製品に比べてこまめにブラッシングをしなければならないが、靴や洋服を大切に手入れすることは栞の好きな時間の過ごし方でもあった。

要するに頭の上から足の先まで栞は手を抜かない。ほどほどにしている日もあるが、今日のイブのデートは栞にとっては特別だった。

クリスマスイブのその日にデートができるのは恋人である証(あかし)なのだ。相変わらず谷口の本当の気持ち一つ分からないままでいたが、それでもイブにデートができること自体が恋人である証拠だという思いが栞にはあった。

それなのに、谷口がこの日のためにレストラン一つ予約していないことに栞は呆れ果て途方に暮れた。惨めで泣き出したいような気持ちだった。

うどん屋の眩しいくらい明るい店内に、店員の威勢のいい声が響き渡る。

「いらっしゃいませ〜! こんばんは! お二人さまですか?」

その大きな声のせいで、席に着いている店内の客が一斉にこちらを振り返るのではないかと栞は気が気ではない。案内された簡素なテーブルで二人は向かい合って座った。