「ごめん、本当に。忙しいって言うばかりで。ダメだよな、俺。こんなふうだからいつも振られちゃうわけ。でも栞は俺の仕事のこともよく分かっていてくれて嬉しいから」

その時初めて「栞ちゃん」ではなく「栞」と呼ばれたことに気がついたが、そのことに谷口は何の意味を持たせるつもりなのだろうかとぼんやり思った。

ここにきてふと涙がこぼれ落ちてしまったが、もし谷口が気づいたとしても涙の本当の訳を少しも分かっていないことが、栞にとっての絶望だった。

思い返せばいつもだった。いつも「分かっていてくれる」と言われることが「だから結婚を考えられる」に繋がるような期待をして、栞は何もかも許して我慢してしまうのだ。

イブにデートをするのにプレゼントを用意できない、そんなことって本当にあり得るのだろうか。

プレゼントを選ぶ時は、贈る相手のことを考える。喜んでくれるか、好みに合っているか、使ってもらえそうか、自分のありったけのセンスを駆使して選ぶ時間と気持ちも一緒に相手に贈るのだ。喜んでもらいたくて。

それができないという理由は、もう単に忙しいからというだけではないような気がした。私のこと、それほど好きじゃないのかもしれない。

そう考え始めると、そうとしか思えなかった。だからプレゼントのことやレストランの予約にまで気持ちが回らないのだ。

どれだけ相手を好きか、その好きな気持ちとは本人の感情なのだから、力づくでどうにかできるものではない。

頼み込んで好きになってもらうものでもないし、気持ちがないとしても、それを責め立てることもできない。

谷口は私のことをそれほど好きじゃないのだと、仕方なく結論を出した。

「ホテル、行っていい?」

栞の顔も見ずに谷口は呟いた。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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