【前回の記事を読む】予定は全部彼に合わせる、重い女は嫌われるから、追いかけ過ぎたらダメ。"好きになってほしい"――栞の願いは届くのか…

アザレアに喝采を

Ⅱ 恋の歓び

取引先のよくしてもらってる人のお父さんのために、どうして私が帰されなければならないのだろうか、ようやく会えたのに。

結局谷口の気持ちは何も分からないままなのに。またこの不安な気持ちを抱えたままで、暫く過ごさなくてはならないことを思うと気が重かった。

けれど、お通夜なのだから今日は帰るほかない。そんな時に大切な自分たちのことを話すような無粋な真似はできないと思った。

雰囲気は大切、時間もないし、こんな状況じゃ上手くいくこともダメになってしまう、もっと余裕がある時じゃないと。それまでは我慢しなきゃ。結局栞は、何度も自分に我慢を強いてしまう。

それにしても、取引先のよくしてもらっている人のお父さんって、そんなに大切な人なのだろうか。まだ午後三時を回ったばかりなのに、このまま食事もせずに帰ったら、また多恵子に要らぬ心配をかけるかもしれないと考えるだけで、栞は憂鬱になった。

「私のこと、どう思ってるの?」

「私のこと、本当に好き?」

それが一番聞きたいことだったのに聞くことは怖かったし、口に出すことは憚(はばか)られた。

「とにかく本当に今、忙しいんだ、我がままを言う施主が多くて変更ばかりだし、いくつも納期に追われていてね」

たまに谷口から電話があっても、最近はそんなふうに言われることが増えていた。谷口の仕事の邪魔はしたくない、自分の存在が負担になっては嫌われてしまう。そう考えて栞は、電話一つかけることもなかった。

今は我慢しなくちゃ、本当に忙しそうなんだもの。何度自分に言い聞かせても栞の心は不安で覆い尽くされていく。