【前回の記事を読む】妻のオナラが待ち遠しい。「出た?」と尋ねるも、妻は首を振った。翌日も「まだ出ない」。今やそれが最大の関心事だった。

第四章 2015年(後)

11月7日(土)
嘔吐

一昨日は大阪、昨日は国立能楽堂で狂言『鎌腹』と、能『松風』を観た。2日続けて良子を見舞えなかった。

ただ、懸案のオナラが出たということで、安心していた。

『松風』は、確かドナルド・キーン先生が高い評価をしていたので、実舞台で知りたかった。しかし「感動」するに至らなかった。能は難しい。「鎌腹」は歌舞伎にもなっており、よく分かった。

今日は8時にあい子を駅に降ろし、その足で病院へ行った。

「どう?」と声を掛けると、元気な声が返ってくると思っていた予測に反して、良子はわずかに首を振った。

「どうしたの? 調子が悪いの?」

昨日の昼から、すべてを吐いた、と良子は言った。

「一旦点滴はすべて外されたのに」

それが再び装着されていた。安心していた私の中に暗雲が広がった。

ただ顔色は良かった。口調もはっきりしていた。

「傷の痛みは随分減った。楽になった」と言った。

「歩いた方がいいと書いてあるよ」

良子は、少しは歩いている、と言った。

「ちょっと歩いてみようか」