【前回の記事を読む】「お母さんが嘔吐を繰り返してる。いま救急車出発した」娘からのメール。私は結婚式の帰りの新幹線の中で、酒を呑んだし、雨だし…
2015年
この10日間(続)
私の心臓は躍りだした。
先生はAという御自分の名札を見せた。若い先生だった。
A先生は低い声でゆっくりと話した。それが私の耳には聞き取りにくかったが、要は、
「腸閉塞は確実にあります」
「問題は腸閉塞が何を原因として起こっているか、です」
「一番考えられるのは“大腸がん”です」
ということだった。
「明日、内視鏡で腸内を検査します。腸を拡げ(何か腸管を拡げる器具を入れ)、便を出したあと、腸内を調べます」
病室に戻ると、良子は起き上がり、ベッドに腰掛けていた。
肩を落とした悄然とした姿だった。私は良子が、状況を直感していると感じた。
先生と何を話したか、あい子も私も説明しなかったし、良子も聞かなかった。とりとめない話をしたが、内容は憶えていない。テレビは、「安保法制」関係の報道であったと思う。
良子は横になった。
「お父さん」と良子が言った。
「お父さん、お母さんが呼んでるよ」とあい子が言った。
私は良子の口元に耳を近づけた。
「お父さん、お母さん幸せだった」
あなた、私は幸せでした、
私は言葉を返すことができず、良子から離れた。