(処置の夜 2015年9月14日)
夕刻6時25分に良子を訪ねた。
ベッドに横たわり点滴を受けていたが、眠ってはいなかった。
絶対安静の指示で、用便も看護師の手を煩わせていた。
腸を拡げて、そこへ金属製の器具を入れたという。その器具が徐々に膨らみ、閉塞した腸を拡げるという。その施術時、あとの拡大時に、腸壁を破くことがあるそうである。そのための「絶対安静」であった。
あとで調べてみると、これは、「大腸ステント」と呼ばれる筒状の網でできた医療器具で、網目は形状記憶合金でできているそうである。大腸内の閉塞箇所に装着された“ステント”は、自らの本来の形状を思い起こし、拡がる。大腸の閉塞が続くと、全身の状況が悪化し、腸が破裂して敗血症などで、命を失う恐れもあるという。
大腸の関係は私にはたっぷり経験があるので、想像できた。
もう10年近く前になるが大便検査で血液反応があり、詳細検査の結果、大腸に大量の“ポリープ”が見つかった。内視鏡による切除作業をしたのであるが、大きいものは、内視鏡で処理できる限界の大きさであった、とあとで言われた。実際に実物を見せてもらったが、確か20mmくらいあった記憶がある。そのときは数があまりに多かったので、大きいものだけを“粗どり”して終えた。処置は最初は年に3度、それが2度になり、ここ5年ほどは毎年1度になっている。今年も12月17日に予定している。
最初の2度は麻酔なしでやった。
モニターに映る自分の“腸内”を、見たかったのである。
確かにこれは面白かったが、苦しいものであった。
痛いのでなく、苦しいのである。本来出すときに快感なのであるが、その逆に、空気を入れられるのである。子供時代、蛙の腹に空気を吹き込んだことがあったが、何というヒドイことをしたのか、ごめんねと言った。う、う、と声を出すと、ナースさんが手を握ってくれた。これは心地よいものであった。
3度目以降は麻酔をしてもらっている。楽である。
そんなことで、良子に、「麻酔、したんだろう?」と尋ねた。
麻酔はしなかったそうである。それは、ステント装着の際に腸壁を傷つけぬよう、微妙に体を動かす必要があり、意識がなければならないのであった。
「苦しかった」
と言った。おそろしく辛抱強い女である。余程苦しかったのであろう。私は経験者であるが、私のレベルを超えて、腸は膨らませられたのであろう。私は良子の額から頭を撫でた。
「ポリープがあると言っていた」
「ポリープか。ポリープならオレは専門家だ。大したことないよ」
本当に、“ポリープ”のレベルであることを、私は祈った。
帰りの車中で、
「今日は、A先生はいなかったね」
と私はあい子に言った。
「何の連絡もなかったなあ」
「連絡箇所は三つも書いておいたのに」
「緊急事態でなかったのかもね」
「看護師さんも、次の何の予定も聞いていない、というし」
「単なる“ポリープ”かな」