鮮度が落ちて腐りかけの野菜、夕めしで残った骨にホワイトソースがこびりついたやつ、レーズンとアーモンド、二日前にはグレゴールがこんなもん食えんと言うたはずのチーズ、ひからびたパン、バターを塗ったパン、バターを塗って塩を振ったパン。加えて金輪際グレゴール以外には使わんと決めたらしいボウルが添えてあって、中身は水。

グレゴールは自分の前では食べづらかろうと気をつこうて妹はすぐにその場を離れて鍵まで回した。おかげでグレゴールは思うがままにくつろいでええと分かった。

さあめしや、となってグレゴールの脚はワシャワシャとうごめいた。ついでに言うと傷はすっかり治ったようで至ってスムーズに動けた。グレゴールはびっくりして、一か月以上前にナイフでほんのちょこっと切った跡が一昨日はまだけっこう痛かったことを思うた。「鈍うなったってことか?」と思いながらもグレゴールはチーズをがっついた。

他の何よりこのチーズがグレゴールを強烈に引きつけた。喜びの涙さえ浮かべてチーズ、野菜、ソースと次々にたいらげた。新鮮な食いもんはその反対にいっこもうまいと思えん。匂いだけでもがまんできん。食いたいもんを引きずって遠ざけさえした。

食うもん食うてそこにそのままぐうたら寝そべっとるところへ妹が、さあ奥へすっこんでちょうだいという合図にゆっくりと鍵を回した。うたた寝しかけとったもののこれでグレゴールは飛び起きて、一目散にソファの下へ戻った。

   

次回更新は3月3日(月)、8時の予定です。

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