大阪弁で読む『変身』

グレゴール・ザムザはある朝けったいな1 夢から目が覚めてみたら、ベッドん中で馬鹿でかい虫に変わってる自分に気がついた。仰向けの背中は鎧みたいに硬いわ、頭をちょっともたげてみたら腹は茶色ぅふくらんで硬い節に分かれとるわ、その腹にかかっとる布団はずり落ちる一歩手前で最後の瞬間を待つばかり。無数にある脚は腹回りのわりに情けないくらい細ぅて、目の前でワヤワヤと頼んなくうごめいとった。

「おれ、どないしてん?」

グレゴールは考えた。どう考えても夢やない。小さいなりにも間違いなく人間様の部屋で、四方を見慣れた壁に囲まれてシーンとしとる。机には別々に束ねた布地の見本が広げてあって──ザムザはセールスマンやった──その上の壁には絵がかかっとった。

グレゴールがちょい前に雑誌から切り抜いた絵で、こじゃれた金色の額縁に入っとる。ある女性を描いた絵で、身に着けた帽子とエリマキは毛皮製、しゃんと座って、重そうな毛皮のマフに突っこんだ両手を見るもんに向かって差し出しとった。

目を窓に向けるとどんよりした空模様で──雨粒が窓のブリキを叩く音が聞こえる──グレゴールは気がめいった。

「どやろな、少し二度寝してこないなけったいなことみな忘れてしもたら」と思いはしたもののどだい無理やった。体の右側を下にして寝るんがグレゴールの習慣やけど今の状態ではその姿勢になられへん。

どんだけあがいて体の右側を下にしようとしても結局は仰向けに戻った。百回がとこ2 やってみた。うごめく脚を見んですむよう目は閉じとった。あげくに、初めて感じる軽い鈍痛を体の右側に感じ始めてあきらめた。

「ほんまになあ」グレゴールは考えた。

「なんちゅうえらい3 仕事を選んでしもたんや!来る日も来る日も出張や。店に尻くっつけてやる商売とくらべてこの商売は格段にきついで。おまけにおれの場合、旅の気苦労いうもんもあるからな。乗り換えの心配とか、デタラメなタイミングで食うまずいめしとか、入れ代わり立ち代わりで長続きせぇへんいつも上っつらの人間関係とか。けったくそ悪い!」

腹のふくらんだてっぺんらへんがちょっとかいい。仰向けのまんまゆっくりベッドの柱方向にずり動いて、頭をもちょっともたげられへんかやってみた。

かいいあたりが小さい白い斑点だらけなんが見えたけど、それが何なんか見当もつかなんだ。脚の一本でそこを触って調べようとしたものの、触ったとたん体中に寒気が走ったのですぐさま脚を引っこめた。