【前回記事を読む】【大阪弁『変身』】 確かに、家族は誰も(グレゴールめ、飢えて死にさらせ!)とは思うとらんものの…どないしてやってきゃええねん!

大阪弁で読む『変身』

例の一件で父親はスッカラカンになったとグレゴールは思うとった。少なくとも父親はそれを否定するようなことをグレゴールに言わなんだし、グレゴールもグレゴールで尋ねようとはせなんだ。

ありとあらゆる望みを奪った金の苦労を家族に少しでも早う忘れさせるべく粉骨砕身すること、その頃グレゴールの頭ん中はこれしかあれへんかった。なればこそグレゴールは火の玉みたいに働き始めたし、ほとんど一夜にして一介の店員からセールスマンに出世した。

そうなりゃもちろん稼ぎの道は多種多様、仕事の成果はすぐ手数料として現金に化けてくれたし、家では驚き喜ぶ家族の前でテーブルにドンと置いたることもできた。素晴らしき日々、それはいつしか過ぎ去ってもう戻っては来んかった。少なくともこれほどの輝かしさでは。

後々グレゴールは家族全員の支出をまかなうことができるくらい稼ぐようになって、実際にまかなってもおったのに。何ごとにも慣れというのはあるもんで、家族も感謝して金を受け取りグレゴールも喜んで渡してはおったものの、もはや特別のまごころが捧げられることはなかった。

妹だけは変わることなく心を寄せてくれてて、グレゴールはひそかな計画を温めとった。グレゴールに似んと音楽が大好きでヴァイオリンを感動的に奏でる心得もある妹を来年、それが引き起こす巨額の負担も何のその、そんなもんは別途調達できるわいと踏んで、音楽学校に入れたろう、と。

グレゴールが少し町におる間に妹としゃべっとって音楽学校の話になることはちょいちょいあったけどしょせんは美しい夢、実現なんぞ考えられなんだし、両親もこの無邪気な話を聞くだけで渋っ面をした。