せやけどグレゴールの胸には明確なヴィジョンがあって、それをクリスマスイヴにおごそかに宣言する腹を決めとった。
そんな、今のありさまでは何の役にも立たん考えが、ドアに垂直にへばりついて聞き耳を立てる最中にもグレゴールの脳裏をよぎった。
全身ぐったりで何も聞こえんと頭をうっかりドアにぶつけてまうこともたびたびで、すぐにつかまり直すものの、グレゴールが立てるささいな物音も隣の部屋で聞きとがめられてみな黙りこむ。
「あいつまた何やっとんねん」少し間をおいて父親があからさまにドアに向かって言い捨てる。途切れた会話は少しずつ再開される。
ひとつには自分自身が長いこと家の金勘定に関わってへんかったし、もうひとつには母親が何ごともいっぺんでは理解できんので、父親は説明を繰り返すことが多かった。
そのおかげで、あれこれ不運にはおうたものの昔貯めこんだ小金は残ってて、その間に手つかずの利子がついてわずかなりとも増えとることがグレゴールにも十分分かった。
加えてグレゴールが毎月家に入れとった金は──自分の手元に残すんはほんの二~三グルデン(訳注:現在の日本円でいくらか正確には不明だが、実家暮らしのサラリーマンが自分一人のために残す金額と考えると高くても5万円程度と考えられる)──まるまる使い切ったわけやのうて、ちょっとした資金と呼べるくらいには貯まっとった。
グレゴールはしきりにうなずいて、予想もせなんだ転ばぬ先の何とやらを喜んだ。
実のところ、こんだけ金に余裕があんねやったら父親が社長に借りとる金ももっと早よ返せたやろうし、仕事におさらばできる日ももっと早よ訪れてくれたやろう。とは言えこうなってみるとどう考えても父親の対処の方が賢明やった。