【前回記事を読む】【大阪弁『変身』】飢え死にした方がマシや思うたけど、ほんまは妹にひれ伏して、なんぞうまいもんおくれと頼みとうてたまらんかった
大阪弁で読む『変身』
Ⅱ
ただ、妹が部屋におるわずかな時間とは言えソファの下にじっとしとるのは難行苦行もええところやった。なんせたらふく食うたもんやからグレゴールの体は少々ふくらんで、その狭い空間では呼吸すらままならん。
窒息するんやなかろうかと涙すらにじむ眼でグレゴールが見ておると、それに気づかん妹はホウキでもって食い残しはおろかグレゴールが触れさえせなんだ食いもんさえいっしょくたにかき集めた。
もはや用なしと言わんばかり。全部急いでバケツに放りこむと木のフタをして運び出した。妹が背を向けるが早いかグレゴールはソファの下から這い出して、体をグーッと伸ばしふくらました。
こういう手はずでグレゴールは毎日の食事にありついた。一回目は朝、両親と女中がまだ寝とる間。二回目はみなの昼めしの後、両親そろって短い昼寝をしてて女中が妹の言いつけで外に出とるとき。
確かに誰もグレゴールめ飢えて死にさらせとは思うとらんものの、グレゴールの食事については妹から聞かされる以上にわが身をもって知ることには耐えられそうもなかった。妹としても極力どんな心労も与えんようにしたかったこっちゃろう、そうでのうても心労はありあまっとったのやから。
どない言いわけしてあの一日目の午前、医者と鍵屋を家から追い返したんかグレゴールは見当もつかんかった。
グレゴールの言うことを誰も理解できんだけに、妹も含めて誰一人、グレゴールは他のもんが言うことを理解できるとは思わなんだ。そんなわけでグレゴールとしては、妹がグレゴールの部屋におるときほんのたまにため息をついたり聖人の名前を呼んだりするんを聞けりゃよしとする他なかった。
妹が全てにちょっとは慣れた頃にやっと──完全に慣れることはもちろんあるまいけど──時々はグレゴールの耳に親しげな、あるいは親しげに聞こえる言葉が飛びこんでくるようになった。